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2008年 10月 31日
 10月25日をもってサマータイムが終了しました。四季がそれほどはっきりしていないこの国においては、それは文字通り冬の始まりを「宣言」する制度であって、季節の方もとても律儀に、まるで従順な牧羊犬のごとく、その宣告に合わせて冬がはじまりました。欧州の家庭にはまず設置されていると思っていいセントラルヒーティングは、僕の部屋に限っての事なのかよくわからないけれど、家賃に見合う働きを見せてくれず、部屋の中でマフラーを巻かなければならない始末です。
冬のロンドンでとても印象的なことは、朝から日没に至るまで、太陽がその高度を上げない事です。いわゆる、南中高度というものが20度くらいまでにしか上がらず、1日のどの時間帯においてもまぶしいくらいの斜陽が人々の後ろに長い影を作り出しています。それは日本における朝方の希望を含んだまぶしい光であると同時に、夕暮れ前の哀愁の漂うそれとも言い換えられます。そのどちらに感じるかはその時々によって異なるのだけれど、前者が現在の自分にとっての多くを占めています。
街は次第にクリスマスの活気を帯び始めています。コヴェントガーデンやオックスフォードサーカスといった商業地は、いままで彼らはどこに潜んでいたのかというぐらいに多くの人出でにぎわい、先を急ぐ人にとってはとても歩きにくい場所に変化しました。
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2008年 10月 21日
 溢れんばかりに人間を抱えた電車が停車し、だれひとり下車しないという状況で自分のからだを文字通り無理矢理に詰め込んで、はるか先にある目的地まで耐えるという生活から解放されてロンドンにいるわけです。ひかえめに言ってかつての生活は記憶の遠い片隅に追いやられてしまいました。
乗りたくもない、できれば丁重にお断りして二度とその姿を見たくない満員のそれを、頼まれもしないところで整然と整列し(東京の地下では毎朝きれいな3列があらゆる場所でできあがっていたのだ)律儀に待ち続けられる民族は、この地球上を探してもそう多くはないはずだ。今さら、文明を持たない少数民族をアマゾンの森の奥深くから見つけ出す事が困難であるように。
誰かが、「あなたがたは世界にも稀に見る、律儀なまでに負の世界に耐える事の出来る立派な国民なのですよ」と大声でアナウンスしてあげたほうがいいと思う。次の停車駅で開くドアが右か左かなどというどうでもいいことを繰り返すよりもむしろ、そんな国民性を決定的に、圧倒的に、致命的に知らしめた方がよいのだ。
それはひとつのメタファーとしての東京の姿だ。あまりに具体的な。
- 飛行機という乗り物が、それほどまでに俊敏で、自由自在なものであるということを、僕はこの時まで知ることなく生きてきました。それらは、大きなそらに白い飛行機雲を残して、とても自由に飛んでいました。
あるいは僕は、それを自由と錯覚しているだけに過ぎないのかもしれないが。
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2008年 09月 13日
 魅力的な人に、魅力的な光景のもとで出合ったら写真を撮らせてもらうことにしています。そうでもしなければ、悶々と後悔することは目に見えているし、海外でそうすることは日本でのそれよりも格段に容易にできる自分に驚きもします。
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2008年 09月 13日
  『深夜特急』のなかで著者が訪れたロカ岬。ポルトガル、シントラの町からバスにゆられて僕が到着したのは9月5日。ユーラシア大陸最西端に位置し、「ここに地終わり、海始まる」と銘記されたその場所は、あまりに穏やかな地の果てでした。遠く水平線の上には数時間を残して沈み行く太陽がかろうじて空にしがみつき、その斜陽をまぶしく照らし僕の眼前に一筋の道を作り出していました。
西欧の地の果ての夕日は、小笠原諸島、父島でのそれを僕に想起させました。そしてリスボンの高い太陽は沖縄のそれを。
僕は記憶とともに旅をしているのだ。
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